【活動報告】土佐本道を歩く2020(山座峠・小田坂峠) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 12月 21, 2020 2020年12月20日(日) JR四国 駅からウォーク (共催:阿波の峠を歩く会)令和2年度 第2回 土佐本道を歩く(山座峠・小田坂峠)を開催しました20名を超える方に参加頂き、ありがとうございました。次回は2021年1月10日(日) 八坂八浜・鯖大師です ※詳細はJR四国ホームページ等でご確認下さい リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
【案内】『阿波の峠を歩く会』第25回写真展のご案内 1月 20, 2025 当会員が撮った『峠に関わる石造物、光景、動植物の写真』を紹介しております。 お気軽にお立ち寄りください。 〇期間 令和7年2月22日(土)~24日(月) 〇時間 22日・23日:午前9時~午後5時、24日:午前9時~午後3時 〇場所 小松島市中央会館1階 (徳島県小松島市松島町5番6号) 〇主催:阿波の峠を歩く会 〇後援:小松島市教育委員会、徳島新聞社 入場無料 続きを読む
【例会報告】第258回例会 四ツ足堂峠 4月 03, 2023 日程:2023年4月2日(日) 場所:那賀郡那賀町木頭北川日和田 四ツ足堂峠 参加者:会員14 名、一般参加1名 徳島と高知の県境にある四ツ足堂峠は、昭和39年峠の下にトンネルができるまで両県を結ぶ重要な交通路でした。古くは『傍示峠』『比志利賀峠』とも呼ばれ、高知側からは塩や魚など海の産物、徳島側からはミツマタなど山の産物が峠を通って搬出入されていました。 峠には、名の由来である四ツ足堂が建ち、お堂の中に本尊の地蔵尊が祀られています(いるはずであった)。ところが今回の下見で四ツ足堂を訪れると、お堂は大きく傾き今にも崩れ落ちそうな傷み具合。しかも祀られているはずの地蔵尊が見当たらず、お堂の中の朽ちた木材を払い除け探すと、腐葉土の中に埋まった地蔵様が見つかりました。 この状況を見て、今回の例会に合わせ、阿波の峠を歩く会で、地蔵を祀るための小さな木の祠をお堂内に設置することとしました。 ミツマタ群落 沢で休憩 四ツ足堂峠 四ツ足堂 四ツ足堂 祠設置後 祠 地蔵尊。素朴な石像でやさしいお顔です また、お堂を訪れた方に見ていただけるよう、現地には説明板も設置しました(下記) 四ツ足堂の沿革 天成16年(1588)に実施・記録された『長宗我部地検帳』に「阿波との境は峯堂まで」との記載があることから「四ツ足堂」の創建はそれ以前と考えられる。地蔵尊は上韮生村(かみにろうむら)の領主・窪源兵衛盛弘が寛永14年(1637)に建立したものと伝わる。元禄12年(1699)に消滅していた“一間四面かやぶきの堂”が阿波・土佐両藩の立会いのもとに現在の位置に再建された。お堂の正面に向かって左側2本の柱は土佐藩側、右の2本は阿波藩側に立てられ、このお堂を「四ツ足堂」と呼んだ。その後、享和元年(1801)の再建記録も残っている。この四ツ足堂峠を越える古道は、那賀川と物部川沿いの道を結ぶとともに阿波と土佐の各国府跡間の最短ルートで、養老2年(719)から神亀元年(724)に全国的に整備された「養老官道」とも云われている。昭和39年(1964)に四ツ足峠トンネルが開通した際、この地蔵尊をトンネル内に移そうとしたが隠れていなくなったため、トンネル内には新しい地蔵尊を建立したらしい。この由緒あるお堂と地蔵尊を重要な文化財として後世に遺して伝えたいものである。 続きを読む
【例会報告】第271回例会 大惣越 6月 20, 2024 日程:2024年6月16日(日) 場所:美馬郡つるぎ町半田大惣 大惣越 参加者:会員8 名、一般1名 美馬郡一宇 木地屋と、つるぎ町半田大惣の境にある標高1110mの峠は、『大惣越』『木地屋越』『石堂越』などと呼ばれ古くから生活道として使われてきた。 木地屋の地名が示すように、この辺りには木地師が住み着き木椀を作っていたと伝わっている。 文政8年(1825)俳人の武市信圭(蓼花)が祖谷山に旅した紀行文『祖谷山日記』に、次のような記述がある。 さてこの奥の山々に木挽とて五器(木椀)と言うものを作る男、媼、数多く、居付き職とす 家はなく、ただ仮りの小屋がけ、このあたりの木選びて器をつくりはべり、木尽れば、蚕の桑の葉を慕うごとく、また先なる山に入りてす 購うものこれを提て、半田という所にもち出たきり塗り装いて、浪花(大阪)なんどにも売るよし、主の刀自申しはべる 蓼花は、ここに住む木地師の特異な生活の様子について記している。木地師の製品は半田に運ばれ、そこで漆器となり大阪方面に出荷されていたようである。大惣越えは、木地屋から半田へ往く道中にあり、当時、木地師がたくさんの木椀を背負ってここを越えて行ったのだろう。 現在の大惣越は、盛土されて新道として整備し直され、人々が行き交った当時の様子を感じることはできない。わずかに木地屋方面に山道が残っている程度である。 大惣越えの西500ⅿに石堂神社があり、ここから尾根沿いに西に進むと石堂山、その先を南進すると矢筈山に達する。例会ではこの尾根沿いコースを歩いた。 矢筈山を背に小休憩 石堂山の御塔石 続きを読む
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